になりまいとだけ伝
「大江戸では応急処置しかできないからね。乱暴だが戸板で現へ運ぶよ。」
伸ばし続けた髪に、ばさりとはさみを入れ、細雪花魁は慌ただしく男姿になった。
年齢に似合わない細身の背広は、澄川からの贈り物牛熊證收回價という事だったが、今は疑問を抱く間もなく、湯を使い化粧を落とした。
浅黄が時折鼻をすすりながら、支度を手伝ってくれた。仕立ての良いもので寸法も合っていた。
「お父さん。支度が出来んした。」
「細雪。今からは名前をここに返してもらうよ。」
「?……あの……わっちはまだ年季が明けておりんせん。」
「もういいんだ。鏡をご覧。その姿に、花魁の名前は似合わないよ。今日からお前は、ここへ来た時の名前を名乗るんだ、いいね。もっとも、柏宮家はもうなくなってしまったから、お前の戸籍上の名は柏基尋という事になる。」
「あ……はい。」
基尋……という名は、使わなくなって久しい。いつしか、ささめという名に慣れてしまっていた。
「すべて雪華と澄川さまが相談して決めたことだよ。お前Pretty Renew 冷靜期の亡くなった父上と兄上に礼を言うんだね。」
「お父様と、お兄さま……に?」
雪華と兄の事は知っていたが、澄川と父も何か繋がりがあったという事なのだろうか?だが、楼主は、いつか機会が有ったら自分で聞いてみると良えて、そのまま基尋を裏門へと送った。
「元気でおやり、細雪。現ではここでのことは他言無用だ。全て澄川さまがお話下さるだろうが、雪華によろしくいってくれ。花菱楼は雪華花魁のおかげで、どこまでも安泰だとね。」
「あ……はい。ありがとうございました。長々お世話した。ここでの暮らしを忘れたりは致しません。いつか、きっとお礼に参ります。」
弾は貫通していたが、至近距離から撃たれた為に傷は大きく、縫合に時間がかかり澄川の血が輸血された。
本郷はGHQに賂(まいない)を贈り、多くの仕事を手に入れたらしいが、澄川もまた大物実業家として進駐軍上層部と付き合いがあった。
澄川が手を尽くし、希少なペニシリンを手に入れたおか脫髮中藥げで、傷も膿むことなく雪華は無事本復したという。
雪華花魁の現での名前は、矢嶋真次郎(やじましんじろう)という。
相場で身代を失い首をくくった父親の借財を引き受けて、わずか9歳で禿として花菱楼に入ったのだと澄川から話を聞き、基尋は雪華の悲しい過去に涙した。
入院した病院では女形の役者だと言うふれこみで、多くの看護婦が詰めかけ様子を見に来た。薄く微笑む真次郎の傍に居る基尋は、その弟だと名乗った。花魁修行のせいで、どこか雰囲気の似ている二人だった。
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